​中国截金調査

​主な調査者

飯沼春子・朱若麟・王夢石・李品誼・胥文君

​編集:小島久典

はじめに

 「截金」(きりかね)とは、金箔を様々な形に截り貼りして絵画や彫刻に精緻な文様を施す加飾技法のことです。近年になって、截金に類似する作例が、地中海沿岸やイラク、シリア、中東などの紀元前の遺物から相次いで発見されるなど、この技法が古代から用いられてきたと指摘されるようになりました。

 しかし現代の中国では、考古遺物において明らかに截金技法が用いられているにも関わらず、「金泥」などと記述され、日本におけるような截金技法として認識されているとは言えません。それは、この技法の伝承がいつの時代かに途絶えてしまい、研究者がその実体を認識できていないことによるものと思われます。現在の中国においては、金箔を貼り付ける「貼金」という技法や、高度な彩色技術があることは理解されていますが、体系的な研究は進んでおらず、いまだ関心を集めていないのが現状です。

​截金を施す様子

竹刀で金箔を​「截る」

​髪の毛と同じくらいの細さの金箔

 一方、わが国において平安時代後期に最盛期を迎えた截金技法は、近世から近代にかけて一度衰退したものの、現代になって絵画や工芸の古典技法として研究が進み、美術工芸の分野で著しく復活しています。とくに本学文化財保存学専攻では、截金分野の人間国宝であった故・江里佐代子先生(1945−2007)を2001年に迎えたことによって多くの後継者が育ち、仏教美術の金箔装飾の技法についての研究が進んでいます。しかしながら今まで、中国からの情報が限られていたこともあり、両国の作例を比較して語られることはほとんどありませんでした。

 本研究事業では、中国の仏像における截金技法や古典彩色について、文化財保存学の各分野から多角的にアプローチし、科学的調査や美術史学の知見をふまえながら、仏像のうえでの実証的な復元を行うことを目的とします。今回、特別チームを結成し、中国における截金調査を行うことができました。この研究により、中国における截金技法の発祥や変遷を解明する一助にもなると期待しています。

今回の調査では、目視、可視光撮影、紫外線撮影、赤外線撮影を行い、多くの截金作品を見出すことができました。その中から、一部をご紹介します。

■石仏における加飾技法

青州市博物館 貼金彩絵石彫菩薩立像 北斉時代(550〜577年)

 1996年に青州市龍興寺窖蔵から出土した約400体の石像群は、一部の作品に金箔による装飾が認められています。銘記によりこれらの群像は6世紀の作品と推定され、中国における截金とみられる作例として、重要な意義を有するものと思われます。

 この像の截金は、正面中央飾り帯の環状飾り下の裳に、三重亀甲繋文の中に亀甲文様(図3)と植物繋文(図2)が残されています。截金の痕が茶褐色に残るものが、接着剤の痕跡なのか、いわゆる仏師箔(金箔の間に銀箔を挟んだもの)の黒化した銀箔なのかは明らかではありません。東京国立博物館法隆寺宝物館の黄地亀唐花亀甲繋文綾幡足残欠(飛鳥〜奈良時代/7〜8世紀)に文様が類似していることから、大陸から日本への影響を見ることができます。

貼金彩絵石彫菩薩立像

植物繋文

三重亀甲繋亀甲入りに亀甲文

黄地亀唐花亀甲繋文綾幡足残欠

 瓔珞を紫外線撮影を確認すると、明らかに蛍光発色していることが見てとれました。これは、樹脂系や油性の接着剤によるものと考えられます。これらの科学技術を用いた調査は、今後の仏像における彩色技法、金箔装飾の制作技法を考察する上で重要な手法といえます。

可視光撮影

紫外線撮影(黄色く発光している)

青州市博物館 貼金彩絵石彫菩薩立像 北斉時代(550〜577) 

 ほとんど制作当時のままの鮮やかな赤い裳裾の彩色が印象的な像で、石灰岩下地に白土が塗られ、肌の色の彩色も美しく残っています。

 裳の縦縞の境界線に単純な直線状の截金が施されています。紐状の縦縞の中に紺系、橙系、緑系、紫系を区画に分けて連ね、白い連珠文もみられました。今回調査した石仏では、3種類の加飾技法が使用されていることが確認できました。

  • 石仏に直接金箔もしくは截金を施す技法

  • 白土を塗り彩色したものの上に截金や金箔を施す技法

  • 白土を塗らず直接彩色を行い截金を施す技法

貼金彩絵菩薩立像

顔部分

直線文

■塑像における加飾技法

温州博物館 水月観音菩薩遊戯坐像 北宋時代(至道2年/996年)

 かつて温州市には、六角七重の白象塔が存在しました。文献記録によると、唐・貞観年間(627〜649)に創建され、北宋・咸平年間(998〜1003)に大修理が行われたことが分かっています。しかしながら、経年劣化によって傾斜し、壁の割れや剥落が著しくなり、修復が不可能の状態であると判断され、1965年に取り壊されてしまいました。その工事作業のなかで、大量の文物が発見され、現在は温州博物館と浙江省博物館にわかれて所蔵されています。その中でも、北宋時代の作とみられる塑像群は特に優れた作行きを示し、表面の彩色もよく保存されています。そのうちの1つである水月観音遊戯坐像には、赤土系の支持体に白い顔料の下地層が見えました。裙は緑色の上に緻密で細い斜格子の截金が施され、天衣には縦線状の截金が残っています。裙は赤色の上に変わり七宝繋ぎが施されています。

​塑造彩色菩薩坐像

​変わり七宝繋文

​裙の斜格子文

浙江省博物館・温州博物館 観音菩薩立像 北宋時代(至道2年/996年)

 この観音菩薩立像は、本来は脇侍として対をなすものでしたが、現在は浙江省博物館と温州博物館の2か所に保管されています。温州博物館像は、裙は白色下地に赤色をおき、その上に格子二十斜格子や対角格子四角線入りの截金が施されていました。天衣は緑青の上に巻草の截金が施され、腰布には三重亀甲の中に九ツ目菱花文の截金が確認できました。浙江省博物館像も同様な彩色でしたが、斜格子や二十格子田入り文が確認できました。

​温州博物館像

​二重格子に対角格子四角線入り

​浙江省博物館像

斜格子

浙江省博物館 観音菩薩坐像 北宋時代(至道2年/996年)

 この坐像は、赤や緑の地色に、格子に変わり斜格子や複雑な変わり麻葉繋文、草文の団花文、二重格子斜格子に十字で線を引いたもの、そのほか八菱花文の截箔や唐草の団花文が施されています。なお、当初の台座は脆くなっていたため、新補されています。

観音菩薩坐像

格子に変わり斜格子文​

変わり麻葉文

大慧寺 二十八部衆 明時代(正徳8年/1513年)

 北京市の大慧寺は、明代の宦官張雄により創建されたと伝えられています。大悲宝殿の中に塑造の千手観音立像や二十八部衆が安置され、造立当時の壁画も現存しています。

 この群像は、それぞれが約4mという大きなもので、中国で多く見られる文様が截金で施されていました。三角の変わり卍字繋ぎ文や変わり七宝繋ぎ文などが見られます。また、「剥金」も多く用いられていました。これは、貼った金箔を削り取り、一部を残すことで文様をあらわす技法で、日本ではほとんど見られないものです。

七宝繋ぎに四菱花入り文

剥金であらわされた波濤

■木彫における加飾技法

蘇州博物館 真珠舎利宝幢 北宋時代(大中祥符6年/1013年)

 瑞光塔は北宋景徳元年(1004)に蘇州城内に建造されたもので、木造躯体にレンガ積み楼閣形式の八角七重塔で、蘇州においては数少ない現存する宋塔の一つです。1978年、第三層から真珠舎利宝幢をふくむ多数の貴重な文物が発見されました。本作品は、楠(日本のクスノキとは異なるか)で造られており、銘文から北宋時代のものであることが分かっています。高さは122cmで、精巧な彫刻の上に極めて精緻な截金文様がびっしりと施され、当時の截金技術の高さがうかがわれます。装飾は漆による練物で造形され、金糸の象嵌や銀を用いた彫金が、海や波、山をあらわす彫刻を美しく飾っています。截金文様は全部で23種類が見いだされました。各所に配置されている小さな菩薩や天部像にも精緻な截金が施され、その完成度の高さは、当代を代表するものであると言えます。

金絲象嵌や漆による練り物と截金

海と宝山上の天部

智化寺蔵殿 明時代(正統7年/1442年)

 今回の調査の中で最も大きな截金作品で、高さは約5m、直径が4.2mあります。現地の文献には、楠と大理石でつくられ、彩色と金泥が用いられているとされていますが、今回の調査で截金が施されていることがわかりました。本尊は毘盧遮那仏で、天井にも彩色と截金が施されています。

輪蔵の屋根部分

蓮弁

剥金による唐草文

格子に斜格子文

おわりに

 今回、中国の截金調査を行なった結果、各年代それぞれに素晴らしい作例を確認することができ、日本の截金が決して独自のものではなく、中国からの影響を受けたもの、あるいは互いに影響を及ぼしあったものである可能性も見出すことができました。また、中国において截金技法が確立した5・6世紀の、素朴な作風から徐々に精緻なものへと発達した様子を、間近で実感することができ、さらに日本ではほとんどみられない「剥金」の技法を確認することができました。

 今後、截金をはじめとする金箔装飾技法、彩色技法を、実証性をもって復元することを課題とし、調査研究を続けていきます。

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