【修復-5】茨城県 楽法寺金剛力士立像(阿形・吽形)

​鎌倉時代前期 修復年 2017〜2020年

 楽法寺は山号を雨引山といい、かつて雨乞いの功により嵯峨天皇より賜ったものとされています。寺伝によると、587年(用明天皇2年)に梁(南朝)出身の法輪独守居士によって創建されたという古刹です。本尊は秘仏の普賢延命菩薩で、鎌倉時代に整備された坂東三十三箇所霊場の24番目の札所としても知られています。

 この金剛力士立像は、楽法寺に仁王門に安置されていたものです。鎌倉時代頃の作であると推定されていましたが、後世の修理による分厚い塗膜によって本来の姿が覆い隠されていました。これまでに大規模な修理は2回行われたと推定され、はじめは室町時代、次に江戸時代、そして今回の修復が3回目となります。後補の修理痕も、像が伝えられてきた記録の一部ではありますが、今回の修復では彫刻本来の造形を優先し、分厚い塗膜は除去することになりました。まず、より傷みの激しい吽形像から作業を始めましたが、すぐに素晴らしい造形が現れました。特に吽形像は、誇張しすぎない造形と自然なプロポーションで、その様式は運慶作・東寺(教王護国寺)南大門金剛力士立像のものと共通しています。東寺像は明治初年に焼失してしまい現存していませんが、それまでは運慶作品中でも白眉とされていたものだったようです。

 楽法寺像は両腕を除くほぼ全て(風になびく裙先までも含む)が1本から彫り出されおり、直径1mを超えるヒノキの大径木が使用されています。また頭頂部から足元まで、豪快に前後に割り、均一な内刳りが施されています。脚部には「割脚」が施されていますが、これは強度を弱める一因となってしまったようです。

 今回の修復では、はじめにガス燻蒸を行い、害虫を駆除しました。虫や腐朽菌によって木が脆くなっている部分には樹脂を含浸して強化し、木が反ったために空いた隙間はヒノキ材で埋木しています。吽形像の両足先や右手指の一部、阿形像の両足先と右手先は、新たに造り直しました。その過程で、めり込んでいた脚の位置を戻すなどにより、より当初の姿に近づけることができました。なお、阿形像を解体したところ、永正16年(室町時代)の修理に前後して納められた納入品が発見されました。

 令和2年度内にはすべての修理を終え、楽法寺の収蔵庫に安置される予定です。

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​楽法寺仁王門での事前調査

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​楽法寺の境内

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仁王門内の​金剛力士立像

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搬出前の読経

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​仁王門からの搬出(阿形像)

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修復前のガス燻蒸

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修復前写真(吽形)

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​後補の布貼りの除去

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​後補塑形材の除去

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​後補の布貼りの除去

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​ドロバチの巣の除去​

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​解体状態(吽形)​

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納入品の発見(阿形)​

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前後材の隙間の新補(阿形)​

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​解体状態(阿形)​

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足先の新補(吽形)

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足先の新補(吽形)​

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前後材の隙間の新補(吽形)​

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框の新補

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岩座の新補

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​岩座の古色・髻の新補前の状態(吽形)

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​岩座の古色・髻の新補前の状態(阿形)

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新たに阿形像内に納めた修復銘札