【制作-4】福島県磐梯山慧日寺金堂 薬師如来坐像復元制作

(原寸大パネル)

​制作者:保存修復彫刻研究室 制作年:2015〜2020年

 磐梯山の麓に位置する磐梯町には、かつて慧日寺という大寺院が存在しました。天台宗の最澄と「三一権実諍論」と呼ばれる仏教宗論を繰り広げたことでも知られる傑僧・徳一によって開基されたといわれています。一時は寺僧300、僧兵数千、子院3,800を数えるほどに隆盛し、数々の戦災・天災を経て次第に衰微し、明治に入り遂に廃寺となりました。その本尊であった薬師如来像は大同2年(807)造立と伝えられますが、何度も焼失・再興を繰り返しました。最後の再興像は廃仏毀釈も乗り越えたものの、明治12年に完全に焼失してしまいました。

 昭和に入り、遺構の詳細な調査が行われ、現在は慧日寺跡として国の史跡に指定されています。平成に入ってからは礎石の上に金堂・中門が再建され、文化財利活用の先進例として注目されています。

 保存彫刻研究室では、産官学連携のもと、その内部に安置する薬師如来坐像の復元制作を3年がかりで行いました。制作にあたっては、平安初期に制作された現存作例を参考としました。特に近隣の湯川村・勝常寺薬師如来坐像にみられる東北地方独特の作風を重視しましたが、より奈良朝の要素が強かったであろうという推測から、新薬師寺薬師如来像の要素も多く取り入れています。慧日寺像の像高は活では丈六(座高2.4m)と伝えられてきましたが、金堂の大きさや古記録から実際には周丈六(周尺=唐尺の約3分の2)であったと推定しました。このパネルは、復元された慧日寺薬師如来像の原寸大写真です。

​寸法を決定するための樹脂模型の制作

​用材の仮組み​

​復元金堂内での寸法の確認

木彫の制作

​膝前の粗彫り​

​体幹部の粗彫り​

​木地が仕上がった状態​

​漆の下地となる布貼り

呂色漆塗り

​光背飾りの設計​

​光背の確認​

​錆漆を研いだ状態​

​呂色漆の研ぎ・塗りを重ねる​

箔押し

​金箔を押し終わった膝前

​納入品の奉籠​

​彩色を施し、古色前の状態​

像内に納めた納入品​

光脚の制作

化仏の制作

光背の古色

​金堂への搬入

裳懸座の組立​

​化仏の組付け

​組み上がった薬師如来像の前で​

​お披露目に集まった多くの方々​

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