アメリカ・ボストン美術館僧形八幡神像の構造技法の研究および現状模刻
2019年度修士課程2年 小林百代

はじめに
本研究では、アメリカ・ボストン美術館に収蔵されている康俊作僧形八幡神坐像の模刻制作を行いました。また、ボストン美術館での公開制作や意見交換を行い、仏像やその模刻による研究について紹介しました。

ボストン美術館
原本像のデータ
名称:木造僧形八幡神坐像 所有者名:ボストン美術館
制作年代:鎌倉時代 指定文化財の種別: 未指定
法量(cm): 像高 82.0 耳張 21.1 面奥 22.1 膝張68.6

僧形八幡神坐像(美術館HPより)
模刻制作の工程
2018年12月、ボストン美術館にて像の熟覧調査、写真撮影、写真による3D計測を行いました。帰国後、御像の造形を掴むため、水粘土で試作像を制作しながら、様々な資料を参考にした木取り図を作りました。


水粘土による試作
構造推定図
この木取り図に沿ってヒノキ材をブロック状に製材し、木彫作業に入ります。3D図面に沿って大まかに形を落とし、だんだんと丸みをつけ実物に近づけていきました。
頭部と胴体は「首枘(くびほぞ)」でつながっていますが、頭部の角度を間違えないように慎重にすり合わせました。おおよその形が出てきたら、道具を小道具や彫刻刀に持ち替え、さらに細かい形を作り出して行きます。
全体の雰囲気が出てきた頃、頭部と手先部分を持って、アメリカに渡りました。ボストン美術館のご協力を頂き、御像の前で制作をすることができました。

角材を組み合わせたところ

首枘のすり合わせ

形が見えてきた像全体

両脚部の粗彫り

左手首

頭部

右手首



ボストン美術館での公開制作や来場者への解説
模刻制作をおこなって
寄木造は、分業や材料の節約が可能になる技法ではありますが、実際に彫ってみると各パーツをバラバラに彫る場面が多いため、造形の統一感を出すことに難しさを感じました。この像の胴体部分には、約40cm角の大きな材が使われていますが、この大きさのヒノキ材は現在ほとんど手に入りません。そのため今回は、3つの材を接着し、一本の材に見立てて制作するなどの工夫を凝らしました。材を節約する工夫は原本像にもなされており、肩に挟み込まれた小材は肩の角度に合わせて斜めに接合されていました。また、透過X線写真や調査写真から、玉眼押さえ木の固定には竹が使われていることも明らかになりました。

首枘穴から見た玉眼押さえ木と竹の留め具
作者の康俊は、鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した仏師で、奈良の西大寺で活動していた時期もあり、そこでは善派と呼ばれる仏師集団が主に活動していました。善派の像には玉眼の固定などに竹を用いる例がいくつかみられ、本像の竹を使った工作を、善派の影響とみることもできます。
康俊の表現は一見すると、単純な造りにも見えます。しかし、頭部には頭蓋骨の張りを感じる表現が、また衣には重力を感じる繊細な工夫がなされており、坐像という動勢の少ない像でありながら、像全体を威厳あるものにしていると感じました。模刻制作によって、当時の造像技法や繊細な彫りを追体験することで、康俊の熟達した表現方法を学ぶことができたと感じています。

古色を施して完成した模刻像


謝辞
本研究に際し、模刻研究をご快諾してくださいましたボストン美術館の保存修復家Abigail Hykin様ならびにお世話になりました保存修復家Tanya Uyeda様・学芸員の皆様、各方面でご指導ご協力頂きました皆様に心より御礼申し上げます。
参考文献
西川杏太郎『快慶作弥勒菩薩像と康俊作僧形像―ボストン美術館蔵品調査報告―』(國華第77編第7冊)國華社、1968年。
奥健夫『奈良の鎌倉時代彫刻 』ぎょうせい、2011年。
大橋一章『西大寺 ―美術史研究のあゆみ-』株式会社里文出版、2018年。
山本勉『東国の鎌倉時代彫刻-鎌倉とその周辺-』ぎょうせい、2011年。
堀田謹吾『名品流転-ボストン美術館の「日本」』日本放送出版協会、2001年。